「エール」の村野鉄男のモデルは、福島市出身の作詞家・野村俊夫

2021.01.26
未分類 #エール#村野鉄男#歴史人物#福島行進曲#野村俊夫

2020年3月30日から始まった、NHK連続テレビ小説「エール」。このドラマは福島市出身の作曲家・古関裕而の生涯を描いた作品です。物語のなかで主人公に影響を与える人物のひとりとして登場するのが村野鉄男こと、野村俊夫。彼は福島市出身で、同郷の古関裕而、伊藤久男とともに「コロンビア三羽ガラス」としても活躍した作詞家です。多くのヒット曲を残した野村俊夫とはどんな人物なのか? 紹介したいと思います。

 

「エール」の鉄男は、作詞家の野村俊夫がモデル

ドラマの中では、「大将」というあだ名で呼ばれていた村野鉄男(中村蒼)。この「大将」には“ガキ大将”と、“乃木大将”という意味がこめられています。そこから見えるように、村野鉄男は、主人公の古山裕一(窪田正孝)とは対照的で、ケンカは強くて暴れん坊。でも弱い者いじめはしない、リーダー的存在です。家は貧しく家業の魚屋を手伝っているため、思うように勉強する時間がない。そんなジレンマを抱えながらも、こっそり詩を書きためている少年は、結局、夜逃げ同然で裕一の前から姿を消します。

実際の野村俊夫は明治37年に福島市で生まれました。ドラマでは同級生という設定ですが、古関裕而より5歳年上。ただ小さい頃は、遊び仲間だったので、幼なじみというのは事実です。

朝ドラでも新聞記者だった鉄男。裕一から誘われる形で上京し、作詞家を目指します。野村俊夫も数年間は、地元の福島民友新聞で働いていました。その後、東京に出てきて、紆余曲折を経て「湯の町エレジー」、「東京だョおっ母さん」など多くのヒット曲を世に送り出す、作詞家になっていくのです。

 

古関裕而と組んで福島の歌もたくさん作った作詞家

作詞家・野村俊夫は、ふるさと福島市を舞台にした歌を作っています。そのほとんどの作曲を古関裕而が担当しています。

 

【福島行進曲】盟友・古関裕而と作った最初の曲

昭和初期、全国的に新民謡(いわゆるご当地ソング)が大流行したのをきっかけに生まれた「福島行進曲」。題名の通り、福島をモチーフにしたご当地ソングです。作詞・野村俊夫、作曲・古関裕而のコンビはここから始まりました。古関裕而はこの頃、すでにコロンビアと専属契約をしていましたが、なかなかデビューができず、結局「福島行進曲」が2人の最初の曲となりました。

「福島行進曲」の歌詞のなかに出てくる「福ビル」と呼ばれた、「福島ビルヂング」。福島市本町にあった「福ビル」は、鉄筋コンクリートの3階建てで、福島で初めてのエレベーターもついていました。連日、多くの客でにぎわったはやりの場所でした。しかし残念ながら、昭和47年に取り壊され、今はその姿を見ることはできません。

「福島行進曲」はヒットしましたが、作詞家が福島市出身の野村俊夫だということはあまり知られていません。このドラマ「エール」によって、作詞家・野村俊夫を知った人も多いのではないでしょうか。

 

【福島音頭】コロンビア三羽ガラスがタッグを組んだ

福島をテーマにした曲は「福島行進曲」だけではありません。昭和29年に発売された「福島音頭」は、作曲を古関裕而が担当し、歌唱は伊藤久男。コロンビア三羽ガラスの作品のひとつです。当時人気だった芸者で歌手の神楽坂はん子が加わって、盆踊り用のレコードとして発売されました。

 

【若きこころ】福島商業高校の校歌

野村俊夫は、古関裕而とともに福島商業高校の校歌、「若きこころ」の作詞も手掛けています。古関裕而はこの学校の卒業生ですが、野村俊夫は入学したとされていますが、卒業した記録が残っていないそうです。ドラマでも夜逃げし、結局、家族バラバラの末、一人で生きてきた鉄男。現実もそんな事情があったのかもしれません。

 

【暁に祈る】三羽ガラスのヒット曲

ドラマでは、上京をした鉄男は作詞家としては芽が出ず、おでんの屋台を引いて生活費を稼ぐ日々でした。作詞家としてやっときたチャンスが、戦中の映画「暁に祈る」の主題歌です。鉄男は何度も何度も歌詞を書き直しますが、軍の上層部からOKがでません。あきらめようとする鉄男を、裕一が励まし完成したという物語になっています。

「暁に祈る」は実際に映画の主題歌として大ヒットしました。歌ったのはコロンビア三羽ガラスの一人、伊藤久男です。JR福島駅東口からタクシーで10分ほど行ったところにある「信夫山第一展望台」には、「暁に祈る」の歌碑があります。これは福島市出身の野村俊夫の功績を長く残そうと建立されたそうです。

 

野村俊夫が作詞したヒット曲

福島の曲だけでなく、野村俊夫は歌謡史に残るような曲も作詞しています。代表曲としてあげられるのが、近江俊郎が歌った「湯の町エレジー」、島倉千代子の代表曲「東京だヨおっ母さん」、二葉あき子の「バラと蜜蜂」などです。ほかにも昭和の一時代を築いた歌手、美空ひばり、藤山一郎などにも楽曲を提供しています。

ドラマでも裕一たちと、よくお酒を飲んで語っていましたが、野村俊夫も酒豪だったといわれています。福島出身の三羽ガラスは、酒を飲みかわしながら福島の曲のイメージをふくらましていたのかもしれませんね。

 

まとめ 朝ドラ「エール」の鉄男のモデル(野村俊夫)の歴史、文化的な価値、魅力とは?

古関裕而が有名なので、そのかげに隠れて注目されることが少なかった野村俊夫。しかしドラマ「エール」によって、福島市出身の作詞家・野村俊夫の存在は、多くの人に認知され始めています。そんな作詞家・野村俊夫を生んだ福島市を、ぜひ訪れてみてください。

 

朝ドラ「エール」モデル(古関裕而)の歴史、文化的な価値、魅力

・作詞家・野村俊夫は福島市の出身で、古関裕而、伊藤久男とともに、コロンビア三羽ガラスの一翼を担った作詞家
・福島行進曲は古関裕而とともに、デビュー曲となりヒットした

ふかしま。
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