【大熊町】奥州一の美女をめぐって勃発した「木戸金剛川の合戦」

2021.01.26
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平安時代の書物に「楢葉郷」という地名が登場しますが、このエリアは現在の広野町から大熊町あたりまでが該当すると考えられています。この地を流れる木戸川、そして木戸川の南を流れていた支流の金剛川で行われたのが「木戸金剛川の合戦」です。きっかけは縁談、そのヒロインは奥州一の美女・久保姫。伊達政宗の生誕にも関わるこの戦についてご紹介します。

*「木戸金剛川の合戦」については広野町や楢葉町とする説もありますが、ここでは大熊町のエピソードとしてご紹介します

 

敵対する2人が出会う、日本版ロミオとジュリエット?

 

まずは当時の南東北エリアの勢力関係について解説しておきましょう。

 

この戦のヒロインとなる久保姫が生まれた大永元年(1521年)。岩城重隆の長女となります。当時は、明応2年(1493年)に始まった戦国時代の真っ只中。岩城氏は、隣接する白川結城氏とともに、伊達氏を後ろ盾とした相馬氏、田村氏と北側で領土を接しており、そのため絶えず小競り合いを繰り返していました。

 

伊達氏とは言わずと知れた戦国大名の独眼竜・伊達政宗の伊達。当時は祖父にあたる伊達氏第14代当主の稙宗の頃です。稙宗は羽州探題最上義定を破り、奥州探題大崎氏に代わって左京大府に任官。その後、陸奥守護に補任し、高い影響力を持つまでに勢力を拡大、南東北で頭角を現し始めていました。

 

この伊達稙宗に久保姫が嫁いだことがこの戦のきっかけとなります。先に説明した通り、岩城氏と伊達氏は、当時は敵対関係にあります。この2人がどのようにで出会い、結果、嫁ぐことになったのか。諸説入り乱れており、実は真相ははっきりわかっていません。説のひとつが「花嫁強奪説」です。

 

岩城氏と伊達氏は、当時は敵対関係にあったので、晴宗と久保姫が出会う機会はまずなかったと思われます。ところが晴宗は、鷹狩りか何かで偶然岩城領に迷い込み、久保姫を見かけたのかもしれません。何せ相手は東北エリア随一とうたわれる美貌の持ち主。晴宗は一目見たその瞬間から、久保姫のトリコになってしまいました。出会うはずのないふたりが出会ったのですから、これはもう運命。

 

そもそも岩城氏の娘の伊達氏への縁組みが行われたのは、伊達氏が勢力を拡大するために、岩城氏を味方に引き入れることが目的であったと考えられます。しかしながら、両家の仲立ちをした相馬氏は、岩城氏とは領地が接している因縁の間柄で、幾度となく小競り合いを繰り返してきました。最初は、おそらく伊達稙宗の命を受けた相馬篤胤が下手に出て、岩城重隆を懐柔しようとしたのでしょう。それは途中まではうまくいき、久保姫の輿入れ(要するに人質?)まで話が進みました。ところが、相馬篤胤の態度が気に入らなかったのか、岩城重隆が途中で翻意します。婚姻の約束を反故にして、伊達・相馬に対抗するために久保姫を結城晴綱に嫁がせようとしたのです。

 

また、別の説として「奥相茶話記」では、相馬篤胤が仲人なり、久保姫が伊達晴宗に嫁入りするという約束を岩城重隆が破談にし、結城晴綱に嫁がせようとしたことによって争いが始まったとあります。

 

いずれの説にせよ、天文3年(1534年)、相馬篤胤は、岩城領に攻め入ります。これが「木戸金剛川の合戦」です。闘いの主戦場は、木戸川の南を流れていた支流の金剛川だったといわれています。

 

子宝に恵まれた久保姫がその後の伊達氏の隆盛へと繋がる

 

「木戸金剛川の合戦」は相馬篤胤の勝利に終わり、結局、久保姫は元どおり伊達晴宗に輿入れすることになりました。ここで岩城重隆が晴宗と久保姫の子を養子として迎えることになりました。後に岩城重隆から家督を譲られた親隆(幼名は鶴千代丸)こそ、晴宗と久保姫の子でありました。

 

久保姫は天文10年(1541)頃に晴宗の正室となってから、精一杯の愛で、晴宗を支え、晴宗との間には六男五女、合計11人の子だくさんに恵まれました。一方の晴宗も、正室1人、側室5人で「14男7女」父の晴宗と異なり、久保姫に対する一途な愛を貫き通し、一生側室を設けることはありませんでした。

 

婚姻が政治の道具として使われることも珍しくなかった戦国時代ですが、久保姫と晴宗のお互いの愛が戦国の世を生き抜く力となり、それはやがて伊達氏の隆盛へとつながっていったのかもしれません。

 

まとめ 「木戸金剛川の合戦」の歴史、文化的な価値、魅力とは?

 

伊達政宗の祖父・伊達稙宗の一途な恋が生んだ「木戸金剛川の合戦」。そして久保姫との出会いこそが東北が誇る傑者・伊達政宗の誕生に繋がるのです。歴史好きならこの恋の物語の舞台となった場所へぜひ足を足を運んでみてください

また、伊達稙宗に関しては父との戦など関連する記事もありますのであわせてご覧になってくださいね。

 

まとめ

・敵対する岩城氏と伊達氏の恋の物語が生んだ戦が行われた場所である

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ふかしま。編集部
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