【広野町】戦後の子どもたちを明るい気持ちにするために生まれた動揺「とんぼのめがね」

2021.01.26
地域密着 #とんぼのめがね#広野町#文化#童謡の里#額賀誠志

1948年に生まれてから、幅広い年代からそのキャッチーな歌詞で愛され、2006年には文化庁と日本PTA全国協議会による日本の歌百選の一曲として選出されたる童謡「とんぼのめがね」。実はこの歌の舞台となっているのが福島県・広野町です。このキャッチーな歌詞の意味、作詞者・額賀誠志について迫ります。

 

とんぼのめがねを作った子どもの目をもったお医者さま「額賀誠志」とは

とんぼの複眼に映る色を通じて空の様子を描写する「とんぼのめがね」の歌詞。この詞を生み出した額賀誠志は実は童謡作家であると同時に医師の資格を持ち、昭和12年当時、まだ無医村であった広野村(現・広野町)に内科医院を開業していました。

この歌は広野町の上浅見川箒平往診へ行った際、子どもがとんぼと遊ぶ情景を作詞したものと言われていますが、なぜこのような歌詞になったのか。そこには戦後日本の現状を憂い、未来の発展を願った作詞家・額賀誠志氏の切なる想いがあったと言われています。

というのも戦後の混乱した日本が子どもたちが楽しい夢をのせた歌を歌えなくなり、一方で卑俗な流行歌ばかりが流されていたそう。そこで、未来を担う子ども達には童謡を通して明るく育ってもらいいたいと切なる願いで創作されたものだそうです。その願いは届き、今では多くの人がこの歌を聞き、口にする時代を迎えられるようになりました。

この他にも多くの童謡が生まれた広野町は1994年に「童謡の里」としてひろの童謡まつりを開催。これを記念して、翌1995年に広野町の築地ヶ丘公園に歌碑を建立。「とんぼのめがね」の作曲家である平井康三郎氏による筆で歌詞が刻まれています。

 

まとめ 「とんぼのめがね」の歴史、文化的な価値、魅力とは?

現在、毎年10月にひろの童謡まつりを開催する広野町が「童謡の里」としての歩みをはじめるきっかけとなり、戦後日本を憂い、未来の日本を担う子どもたちに明るい気持ちと無限の可能性を託した額賀誠志と「とんぼのめがね」。ぜひ、現地の風景を望みながら、この歌を口ずさんでみてください。

 

まとめ

・戦後日本から今の日本を創り出す子どもたちに明るい気持ちを宿した
・広野町が「童謡の里」として認知される石垣となった

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ふかしま。編集部
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