【広野町名産みかん大福】8年かけて商品化!共同開発秘話

2021.01.26
地域密着 #お土産#みかん大福#名産・グルメ#広野町#温州みかん#菓匠庵

広野町に実る温州みかんを使った和菓子「みかん大福」。今では広く名が知られたお土産の定番商品ですが、販売までには多くの人が関わるドラマがあったことをご存知でしょうか。始まりは2010年、それから8年もの長い年月をかけて商品化、その背景には、広野町を愛する人々の熱意と努力がありました。今回は、銘菓「みかん大福」ができあがるまでの開発ストーリーと、広野町の人々の想いにフォーカスします。

 

「みかん大福」は子供たちのアイデアから生まれた!

始まりは、地元の中学校の授業。2010年、広野町立広野中学校「総合的な学習の時間」に、生徒たちは広野町のPRとして特産品開発に取り組んでいました。そこで出されたアイデアの一つが、地元で栽培された温州みかんを使ったお菓子。のちの「みかん大福」です。
大福の皮の部分にみかんのジャムを、抹茶の緑で着色したへたをつけて、大福をみかんに見立てた楽しい和菓子のアイデアでした。
広野中学校1年生の生徒たちは、試行錯誤しながらも、イメージして描いていた「みかん大福」を見事実現し、東北経済産業局主催の「平成22年度 地域の魅力発信アイデアコンテスト」に出品します。そこでなんと、「ナイスグルメ賞」を受賞。
このように、みかん大福は地元愛溢れる子供たちの熱意によって誕生しました。

 

引き継いだふたば未来学園高校が「みかん大福」を商品化

名誉ある賞を受賞し、これからという時に未曾有の東日本大震災が発生。広野町も被害を受け、原発事故による避難を余儀なくされます。「みかん大福」の商品化は一気に遠のいてしまいます。
それから6年の時を経て、みかん大福の開発に関わっていた生徒の一人が、福島県立ふたば未来学園高校に講師として招かれます。子供たちに向け当時の大福開発の想いを伝えたところ、ふたば未来学園の生徒たちは一致団結、広野中学校1年生が叶えられなかった「みかん大福」の商品化実現へ向けて動きだしたのです。
広野中学校の子供たちと同様トライアルアンドエラーしつつも商品化を諦めることなく、地元の和菓子屋さん・菓匠庵の協力をいただき、完成させることに成功。子供たちの想いは震災を乗り越えてバトンのように繋がり、和菓子屋さんに支えられたことで、広野町に名産グルメ「みかん大福」を生み出しました。

 

「みかん大福」はJRいわき駅すぐ!駅ビル3F「和心 菓匠庵」で販売中

ところで、子供たちとの共同開発というユニークな開発ストーリーを持つ「みかん大福」ですが、どういったお菓子なのでしょうか。特徴をご紹介します。
広野町産のみかんをジャムに加工し、白あんとミックス。甘さを抑えたさっぱりした甘味がやさしい、老若男女に愛される、新しくもどこか懐かしい味わいです。
みかんそのままのリアルな見た目、ほのかに香る柑橘の爽やかさ、そしてほど良い酸味、まさにミカン尽くしの一品に仕上がりました。見て香って食べて楽しい、満足感がある和菓子と言えるでしょう。
入数は、1箱に6個。日頃お世話になっている方への気軽なお土産にもちょうど良いボリュームではないでしょうか。もちろんご自宅用にもおすすめです。

「みかん大福」は、JRいわき駅前いわき駅ビル3Fにある「和心 菓匠庵」でお買い求めいただきます。いわき駅に行かれた際は、お立ち寄りください。広野町のイメージキャラクター「ヒロボー」がついた楽しいパッケージが目印です。

 

店名  :和心 菓匠庵
住所  :福島県いわき市平字田町1 いわき駅ビル 3F
営業時間:9:00〜19:00
定休日 :不定休

 

まとめ 「みかん大福」の歴史、文化的な価値、魅力とは?

ご当地銘菓の誕生ストーリー、商品化までの歴史を知るのも旅の楽しみの一つではないでしょうか。
誕生秘話をお土産話に、旅のあれこれを語るのも幸せなひと時です。
広野町には、源頼義と長子義家の伝説が残る五社山(ごしゃさん)、名曲「とんぼのぬがね」の作詞で有名な医師であり童謡作家であった額賀誠(ぬかが まこと)氏のゆかりの地でもあります。
広野町を訪れた際は、それらの名所を散策しつつ、地元の人の想いと愛が込められた名産グルメ「みかん大福」を忘れずにお買い求めくださいね。

 

「みかん大福」の歴史、文化的な価値、魅力

・「みかん大福」の歴史は2010年にまで遡り、震災を乗り越えて商品化
・子ども達のアイデアをきっかけに、地元の人の協力によって誕生した思い入れのあるお菓子

ふかしま。
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