【田村市】地名の由来にも深く関与する田村市と坂上田村麻呂の関係

2021.01.26
地域密着 #坂上 田村麻呂#大多鬼丸#明石神社#歴史人物#田村市#田村神社#蝦夷征伐#郡山市#鬼生田#鬼穴

蝦夷征伐で武功を上げ軍神と崇められた坂上田村麻呂(さかのうえのたむらまろ)。福島県田村市と郡山市の田村町に残る、田村麻呂と、彼と戦った大多鬼丸(おおたきまる)の伝説を紹介。さらに田村麻呂ゆかりの神社や大多鬼丸の伝説に出てくる洞窟も案内します。

 

坂上田村麻呂と鬼の子・大多鬼丸

福島県には田村市や郡山市田村町など、坂上田村麻呂ゆかりの地名があり、伝説も多く残っているのです。田村麻呂といえば蝦夷の長である阿弖流為(あてるい)と戦ったエピソードが有名ですが、田村市には大多鬼丸という蝦夷の長の伝説が残っています。この伝説は田村麻呂を英雄として語るものと、大多鬼丸を英雄として語るものがあり、とても興味深いので両方とも紹介します。

田村麻呂を英雄として語る伝説には、鬼生田(おにうだ)というところに伝わる昔話があります。

昔むかし、地獄田と呼ばれるところで田植えをしていた妊婦が、急に産気づき赤子を産み落としました。その子はツノの生えた鬼の子だったのです。また、地獄田は「鬼が生まれた田」という意味で「鬼生田」と呼ばれるようになります。さて、生まれた鬼の子は乱暴や悪さばかりをしていたため、村人たちは彼を殺そうと相談をしました。ところがそれを聞きつけた鬼の子は村から逃げ出してしまいます。鬼の子は成長すると大多鬼丸と名乗り、大滝根の鬼穴というところを根城とし、手下を連れて大暴れを繰り返しました。その悪業は都にまで届き、時の天皇は坂上田村麻呂を派遣するのです。田村麻呂は大多鬼丸一党と大滝根で激しく戦い打ち破ります。しかし、大多鬼丸は死んでおらず、生き残った手下と熊野に逃れたということです。

では、この鬼の子・大多鬼丸を英雄視した伝承ではどうなっているのでしょうか?
現在の大滝根山にあった白銀城に豪族の大多鬼丸は住み、滝根町周辺を平和に治めていました。ところがある日、朝廷から「土地と人を差し出せ」と要求され、彼は拒否します。服従しない大多鬼丸に対し朝廷は、武力制圧するために田村麻呂を大将とした大軍を派遣。そして大多鬼丸の蝦夷軍と田村麻呂の朝廷軍との戦が始まったのです。大多鬼丸は部下の鬼五郎たちと共に勇猛に戦うものの、戦力で勝る朝廷軍に追いつめられ、ついに鬼穴で自決してしまいました。

このように田村麻呂と大多鬼丸、それぞれを英雄視した逸話が伝わっているのです。大多鬼丸が実在したかは不明ですが、「鬼穴」をはじめとしたゆかりの場所もあり、ロマンを感じさせます。

 

現代に残る田村麻呂・大多鬼丸ゆかりの地

田村市や田村町など坂上田村麻呂のゆかりの地名が残る福島ですが、その一方で蝦夷の英雄として戦った大多鬼丸ゆかりの場所もあります。

まず田村麻呂ゆかりの場所として有名なのが「田村神社」です。西暦806年〜810年頃に創立されたと伝わる神社で、明治までは「明王山」や「お山」と呼ばれていました。田村麻呂が「大元帥明王」を祀ったことから、田村神社と呼ばれるようになったのです。神社と呼ばれていますが、仏教の明王が祀られています。田村麻呂は京都の清水寺をひらいたことで知られる熱心な仏教徒です。そのため奥州の地にも寺やお堂を建てたと考えられます。

スポット名
田村神社
営業時間

場所
福島県郡山市田村町山中本郷135
定休日/シーズンオフ

駐車場

関連ページURL
https://www.kanko-koriyama.gr.jp/tourism/detail2-0-80.html
アクセス
【車】JR郡山駅から県道65号と国道49号経由で約16分

他にも田村麻呂ゆかりとされる「明石神社」が田村市にあります。境内に神社の由来となった田村将軍夜明石などの巨石群があり、鳥居脇には道祖神の同種とされる「オニンギョウサマ」が鎮座しています。「オニンギョウサマ」を制作する風習は、福島県指定無形民俗文化財です。

 

スポット名
明石神社
営業時間

場所
福島県田村市船引町堀越明神前1-1
定休日/シーズンオフ

駐車場

関連ページURL
https://www.fukutabi.net/fuku/tamura/akaisi.html
アクセス
【車】JR船引駅から国道319号経由で約12分

大多鬼丸が根城とし自害した場所として伝えられる「鬼穴」も実在しています。田村市滝根町にあり、奥があぶくま洞と繋がっている洞窟です。長径140m、短径120m、深さ85mあり、あぶくま洞内に生息しているニホンテングコウモリが鬼穴にもいるため、保護する目的から2004年に入洞が禁止されました。

 

スポット名
鬼穴
営業時間
-(洞内への立ち入りは禁止・入口扉の外から観覧)
場所
福島県田村市滝根町菅谷字仙台平
定休日/シーズンオフ

駐車場

関連ページURL

アクセス
磐越自動車道「小野IC」から車で約30分

このように田村市や田村町には田村麻呂や大多鬼丸ゆかりの場所が多く存在しています。

 

田村麻呂と鬼たちの伝説が残る町

いかがでしょう? 田村市と田村町に残る田村麻呂と大多鬼丸の伝説は、色々なことを考えさせてくれますし、ゆかりの場所もあり興味深いポイントです。東北地方に旅行に行くなら、福島県の田村市や郡山市に足をのばして、田村麻呂ゆかりの場所をめぐってみてはいかがでしょう。また田村町には仁井田本家という酒蔵があり「田村」という日本酒が販売されています。お酒好きな方はお土産にして、自宅に戻ってから、田村麻呂や彼と戦った大多鬼丸たちに想いを馳せるのもおすすめです。

 

まとめ

・福島の田村麻呂伝説は、勝者側と敗者側、どちらの伝説もあるため、立場の違いによる歴史観が分る
・田村麻呂が大元帥明王を祀った「田村神社」やオニンギョウサマがある「明石神社」がある
・大多鬼丸が根城とし自害した場所でもある「鬼穴」が実在する

ふかしま。
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