仏像女子なら必見!次なる仏像の聖地と目される仏都会津での仏像巡り

2021.01.26
その他 #仏像#会津#徳一#慧日寺#木造十一面千手観音立像#木造阿弥陀如来及両脇侍坐像#薬師如来像及両脇侍像

かつて会津(福島県)は奈良や京都に並ぶ5大仏都のひとつで、平安の昔、仏教文化が花開いた古都でもあります。国宝をはじめとして重要文化財に指定される仏像は多数。今回は仏都会津に焦点を当て、会津が仏都になった経緯と福島県内に点在する素晴らしい仏像をご紹介します。

 

会津が仏都として栄えたきっかけは僧侶徳一の来訪

福島県は仏像巡りにふさわしい場所のひとつです。それは、仏都会津と呼ばれるから。奈良と京都、鎌倉、平泉と並ぶ日本5大仏都のひとつでもあり、古刹が多いことでも知られています。会津が仏都と呼ばれるまで仏教が盛んになった理由は、平安初期に最澄や空海と時を同じくして活躍した法相宗の僧侶徳一(とくいつ)が訪れたことに始まります。

奈良の都から会津に来た徳一が布教活動の拠点として慧日寺(えにちじ)を開いたのは807年です。当時、磐梯山には魔物が住むと信じられ、作物も育たず苦しむ人々を救うために徳一は熱心に活動、その影響で多くの寺院や仏像が作られたといわれています。徳一亡き後も慧日寺は仏教文化の中心地として栄えましたが、戦火や廃寺を経て、現在では真言宗恵日寺と改めています。

時代は下って2019年、福島県立博物館で「福島復興祈念展 興福寺と会津 -徳一がつないだ西と東-」が開催され、奈良興福寺と仏都会津との古からのゆかりに注目を集める機会となりました。東日本大震災後の復興を願う興福寺の働きかけもあり、興福寺から国宝や重要文化財を含む約20点もの所蔵物が県内で初めて展示され、4万人超の入場者数を記録したのは注目に値します。

 

平安・鎌倉時代の仏像を一度にたくさん見られるのは仏都会津ならでは

会津では平安初期に仏教の礎が築かれましたので、その頃の仏像が数多く残されていることが特徴といえます。文化財に指定されているものも多いのですが、その中でもこれは見ておきたいという代表的なものを3つご紹介します。

 

・【国宝】薬師如来像及両脇侍像(湯川村・勝常寺)
湯川村にある勝常寺は東北を代表する古刹です。そこで中央薬師とも呼ばれる国宝の薬師如来と左右に控える日光菩薩、月光菩薩を参拝することができます。福島県で国宝に指定されているのはこの3躯に加えて、勝常寺には国の重要文化財に指定されている四天王や地蔵菩薩(延命地蔵と雨降り地蔵)などがあり、平安初期の仏像だけで12躯、全部で30躯を超える仏像が集まっています。これは全国的に見ても珍しいことです。

 

・【国重要文化財】木造十一面千手観音立像(会津坂下町・恵隆寺)
立木観音と呼ばれる十一面千手観音は、会津三十三観音巡礼の三十一番札所として知られる金塔山恵隆寺(きんとうさん えりゅうじ)にある、約8.5mもある日本最大級の木造観音像です。平安初期に立木のまま彫り進められたという一木造の立像で、今もその根を張っているというのですから驚きですね。両脇には、二十八部衆や雷神、風神などが居並び見ごたえは十分です。また、ころり信仰の教えでも知られ、立木観音を含む会津三観音を参拝することで、安らかに人生を終えることができるとされています。

 

・【国重要文化財】木造阿弥陀如来及両脇侍坐像(喜多方市・願成寺)
鎌倉時代に作られたこの阿弥陀三尊像は、通称会津大仏として親しまれています。約2.5mの寄木造の坐像で、両脇に観音菩薩と勢至菩薩とを従え金色に輝いています。この形式は京都の三千院にある来迎三尊像と同じですが東北では珍しく、仏都会津だからこそ拝める観音像といえるでしょう。

 

まとめ 「仏像」の歴史、文化的な価値、魅力とは?

平安初期、興福寺と会津をつないだ僧侶徳一により会津は5大仏都のひとつとして栄えました。東北の中でも国宝や重要文化財に指定される仏像が数多く存在しています。西との絆を深めた仏都会津へ仏像を見にきてください。

 

「仏像」の歴史、文化的な価値、魅力

・仏都会津はかつて僧侶徳一により仏教文化が花開いた古都
・勝常寺には薬師三尊像を含む国宝や重要文化財が約30躯もある
・立木からそのまま彫り出された立木観音は約8.5mと国内最大級

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