会津は重要な場所だった!幕末動乱期の終わりを告げた戊辰戦争とは?

2021.01.26
歴史 #二本松の戦い#会津戦争#戊辰戦争#歴史出来事#母成峠の戦い・鶴ヶ城籠城#王政復古の大号令#白河口の戦い#白虎隊#鳥羽・伏見の戦い

265年続いた江戸時代に終わりを告げた戊辰戦争。この戦争により徳川幕府が完全に倒れ、明治という新しい時代に入ります。戊辰戦争は幕末を語る上で大事な事件ですが、実は1ヶ所だけの戦いではありません。1868年に起きた一連の戦いのことを、この年の干支にちなんで戊辰戦争と呼ばれています。そのなかの戦いの一つに、会津戦争があります。今回は会津戦争を中心に、戊辰戦争とはどういう戦いだったのかを改めて知っていきましょう。

 

戊辰戦争はどうして起きた?誰と誰の戦い?

戊辰戦争の起きるきっかけは、前年1867年にありました。幕府に対立していた薩摩藩と長州藩が、将軍討伐の詔書を手に入れたのです。朝廷が幕府を倒すことを正式に認めた、ということで、世の空気は一気に幕府討伐に傾いていきます。しかし時の将軍徳川慶喜はこれに対抗して、自ら政権を朝廷に返上する、大政奉還を行います。こうすることで新たな政府を作り、徳川家が政権を握る状態を維持しようとしました。

しかし討幕を目指していた薩摩藩たちは、そうはさせまいとクーデターを起こします。薩摩や土佐の藩士たちが御所に一斉に押し寄せ、明治天皇により「王政復古の大号令」が発せられました。これにより江戸幕府は廃止となり、薩摩藩や長州藩を中心にした新政府が成立しました。

突然の決定に納得のいかない旧幕府側の藩士たちは不満を募らせます。そして慶喜は旧幕府軍を結成。1868年1月、「鳥羽・伏見の戦い」が開戦します。この戦いから戊辰戦争の幕は開きました。
鳥羽・伏見の戦いでは旧幕府軍の兵力およそ15,000人に隊士、新政府軍は5,000人ほど。圧倒的に旧幕府軍が有利でした。しかし新政府軍は、諸外国から仕入れた最新の兵器を駆使し戦いを有利にすすめます。さらに新政府軍は錦の御旗を掲げて進軍します。このことで新政府軍が官軍となり、対立する旧幕府軍は朝敵となり賊軍扱いを受けることを示しました。旧幕府軍の兵士は一気に戦意喪失し大阪城まで撤退。新政府軍の大勝となりました。

勢いのまま新政府軍は江戸に向かいます。旧幕府側の勝海舟は薩摩藩の代表、西郷隆盛と会談し、江戸城総攻撃は回避されます。江戸無血開城がなされたのです。

 

語り継がれる白虎隊の悲劇…会津戦争勃発

江戸城が開城してからも、新政府軍は進軍を続けます。狙うは、会津。徳川からの信頼厚く、京都守護職もまかされた松平容保が旧幕府軍のナンバー2的存在と目され、標的とされたのです。

 

白河口の戦い
会津戦争は1868年の白河小峰城攻防戦で端を開きました。新政府軍が白河城を落城してからも、旧幕府軍は3ヶ月の間奪回のために戦いました。戦いは激しく、新選組も奮闘しますが、最新の兵器にはやはり太刀打ちできませんでした。

 

二本松の戦い
二本松城をめぐっても戦いが行われています。旧幕府軍は白河口へ多く兵を送っていたときで、わずか1000人ほどしか残っていませんでした。その中には直前に志願した13歳から17歳までの少年たちも、急遽配属されました。対して新政府軍は約7000人。徹底抗戦しますが、落城。のちに二本松少年隊と呼ばれる少年兵たちも多くが戦死しました。

 

母成峠の戦い・鶴ヶ城籠城
新政府軍はじりじりと北上し、ついに国境である母成峠まで迫っていました。国境を守る兵力はおよそ800、新政府軍は7000と圧倒的な兵力差でした。ついに国境は突破され、新政府軍は会津藩の本拠地、鶴ヶ城下へなだれこみます。

会津藩は追い詰められ、兵を動員します。それはまだ幼い少年兵たちでした。彼らは白虎隊と呼ばれる15~17歳の少年たちでした。戊辰戦争が始まり結成されていましたが、彼らは警護のための予備隊であり、前線に行くはずではありませんでした。しかし敵が城下まで迫り、容保は前線への援軍として白虎隊を戦いに行かせたのです。しかし劣勢は変わりません。二番隊は戸ノ口原の戦いで敗走し、飯森山へ落ち延びました。城へ戻ろうと山頂から町を見下ろすと、町が燃えているのが見えました。鶴ヶ城が落城したと思った彼らは、最後は会津藩士らしくと、自刃したのです。
実際にはまだ落城はしていませんでしたが、城は砲撃にさらされ続けていました。そして約1ヶ月の籠城ののち、ついに降伏。戊辰戦争で亡くなった藩士は3000人とも言われています。歴史作家の司馬遼太郎は「歴史のなかで都市ひとつがこんな目に遭ったのは、会津若松しかない」と語っています。

その後、戦線は函館・五稜郭へ。新選組副長だった土方歳三もこの地で最後まで戦いましたが、銃に撃たれ戦死します。そして榎本武揚が降伏し、約16ヶ月にわたった戊辰戦争は終結しました。

 

まとめ 「戊辰戦争」の歴史、文化的な価値、魅力とは?

幕末から明治へ、激動の時代を象徴する戊辰戦争。旧幕府軍は逆賊とされてしまいますが、会津をはじめとした藩士たちは徳川への忠義を尽くし、最後まで信念を貫きました。福島には会津戦争での激戦地であった史跡がたくさん残っています。ぜひ実際に現地をおとずれてみてください。

 

「戊辰戦争」の歴史、文化的な価値、魅力

・時代の変革期であった幕末を語る上で欠かせない出来事
・会津藩は徳川の信頼厚く、最後まで忠義を尽くしたため会津戦争が勃発
・白虎隊などの悲劇的な最期も多く語り継がれている

ふかしま。
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ふかしま。編集部
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