俳聖・松尾芭蕉が見た福島県ってどんな風景?『奥の細道』ゆかりの地

2021.01.26
文化 #奥の細道#松尾芭蕉#白河関#福島県ゆかり#須賀川市芭蕉記念館#飯坂温泉

誰もが学校で習った俳句の神様、松尾芭蕉。彼が晩年に弟子の曾良とともに行った旅で出来たのが、有名な『奥の細道』です。旅の中で俳句を作り、起きた出来事や感じたことなどをまとめた紀行文です。その旅のなかで、二人は福島県にも13日間滞在しました。芭蕉は福島のどんな景色を見て、どんなことを感じたのでしょう。今回は『奥の細道』ゆかりの、文化あふれる場所をご紹介します。

 

旅を決心した白河関、友と俳句を語り合った須賀川

芭蕉の旅の目的地のひとつは岩手県平泉でした。江戸を出発し、北へ北へと向かい、元禄2年4月21日、「白河関」に到着します。白河関は栃木県と福島県の県境の関所、つまり東北への入り口です。芭蕉はこの日のことを『奥の細道』のなかで『心許なき日かず重るまゝに、白川の関にかゝりて旅心定りぬ(どこかふわふわとした気持ちで旅を続けてしまってきたけれど、白河関に到着して旅を続ける実感と決心がついた)』と書いています。いよいよ足を踏み入れる東北の、最初の地である福島は、芭蕉にとっても大事な場所だったんですね。白河関は森のなかにあり、ふらっと立ち寄るのは難しいかもしれませんが、訪れれば歴史を感じられること間違いなしです。神秘的な空気のなか、大切な決意を固めることができるかも。

そして芭蕉が白河関を越えて泊まったのが須賀川です。当時の須賀川は奥州街道で有名な宿場町として栄えていました。ここに芭蕉の俳句の友、相楽等躬が住んでおり、芭蕉は彼の家に宿を借りて8日間滞在しました。『奥の細道』には句会を開いたり、近くの寺や神社に参拝をしたことが書かれています。そのとき作られた句の句碑が、市内には置かれています。また須賀川市では「須賀川市風流のはじめ館」が2020年秋に開館しました。こちらは元々「須賀川市芭蕉記念館」として地域に愛されてきた場所です。芭蕉が友と語り合い俳句にいそしんでいたように、須賀川市には俳句や和文化を通じた人々の交流が、大切に受け継がれています。

 

芭蕉が有名にした歴史ある温泉地・飯坂温泉

東北を代表する温泉地である「飯坂温泉」にも芭蕉は訪れています。飯坂温泉は遠い昔から地元に愛されている共同浴場です。その歴史は古く、ヤマトタケルも疲れを癒したという伝説が残るほど。それほど昔から愛されている温泉地を、一段と有名にしたのが何を隠そう『奥の細道』でした。芭蕉が『奥の細道』のなかで飯坂温泉を紹介したことがきっかけで、世に広く知れ渡ったのです。芭蕉が入ったとされているのは、飯坂温泉のなかでも一番古い「鯖湖湯」という浴場。芭蕉もゆっくりと旅の疲れを癒したに違いありません。しかし、意外にも芭蕉は飯坂温泉のことを好ましく書いてはいないんです。それは当時の飯坂温泉はまだ小さな温泉街であったため、温泉は外湯、宿もあまり整備されていませんでした。粗末な小屋のような宿に寝泊まりすることになった芭蕉は『奥の細道』のなかでつい不満をもらしています。けれども街道も整備されて交通の便も良くなった江戸時代中期、『奥の細道』をみて訪れる旅人も増え、飯坂温泉は発展していきました。近代になり最盛期には11ヶ所存在した共同浴場は、現在は9ヶ所が運営されており、旅人たちの心と体を癒しています。浴場はそれぞれ違った雰囲気なので、何ヵ所も巡って入るのがおすすめ。単純性アルカリ性の泉質は肌はしっとりすべすべ、髪はツヤツヤになりますよ。

 

まとめ 「奥の細道」の歴史、文化的な価値、魅力とは?

『奥の細道』で福島県は単なる通過点のように思われてきたかもしれません。しかし芭蕉は福島県に入ることで旅への思いを新たにし、この地で友と熱く語らい、たくさんの句を残しています。芭蕉にとって、福島での13日間の滞在は特別なものであったに違いありません。また『奥の細道』に詳細に記録されたことで、小さな共同浴場はやがて東北を代表する温泉街へと発展していきます。教科書だけでは知ることのできない『奥の細道』の世界が福島にはあるのです。その歴史と文化をぜひとも感じに来てみてください。

 

「奥の細道」の歴史、文化的な価値、魅力

・『奥の細道』は松尾芭蕉が俳句を文化として完成させるために欠かせない旅となった。
・詳細に旅の記録が記され、当時の各地の様子を知る資料としても最良である。
・そのなかで紹介されたことで福島の温泉地は東北を代表する温泉街へと発展した。

ふかしま。
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