楽しく学べる!1,000円札の顔のホントの素顔を知れる野口英世記念館

2021.01.26
歴史 #散策#猪苗代湖湖畔#猪苗代町#野口英世#野口英世記念館

1,000円札の顔でもおなじみの野口英世。日本の歴代科学者なかでもNo.1の人気者です。でも、彼がいったいどんな研究をしていたのか、知っていますか?そう聞かれるとちゃんと答えられない…そんなあなたにぜひ行っていただきたいのが「野口英世記念館」です。彼の生まれである福島県の猪苗代町にある記念館で、野口英世の生涯と功績を、あの手この手で分かりやすく教えてくれます。どんなところか、その魅力をご紹介しましょう。

 

基本情報を知っておこう!野口英世ってどんな人なの?

まずは簡単に野口英世の功績を確認しておきましょう。
野口英世は1876年11月9日、福島県三ツ和村三城潟(現在の猪苗代町)で貧しい農家の長男として生まれます。幼名は清作といいました。
1歳半のとき、囲炉裏に落ちて左手に大火傷を負ってしまう、という大事件が起こります。このため左手はほとんど動かず、物をやっとつかむのが精一杯であったといいます。学校でもいじめられ、この火傷は英世にとって生涯コンプレックスでした。しかし勉強に励み成績は常にトップでした。
13歳のとき、友達や先生が費用を募金で集めてくれ、左手の手術を受けることができました。手術は成功し、左手の指が動くようになったことに英世は感激します。そして医学の偉大さを身に染みて感じ、医者を志すようになりました。
上京し、普通なら合格まで何年もかかる医術開業試験を1年で突破。弱冠20歳で医師の資格を得ます。その後研究者の道に進み、どんどん頭角をあらわしていきます。優秀さを認められアメリカに渡り、ロックフェラー医学研究所で細菌研究に関して次々に論文を発表し、2度ノーベル賞候補になりました。
そして41歳のとき、当時猛威をふるっていた黄熱病の原因を探るためエクアドルへ。ついに病原体を発見し、ワクチンの開発に成功します。3度目のノーベル賞の候補にもなりました。しかしガーナで研究を続けていたところ、英世自身が黄熱病にかかってしまい、51歳という若さでその生涯を終えました。
簡単に一生を振り返りましたが、いかがでしょうか。波瀾万丈な人生だと思いませんか?短い51年の人生のなかに、まだまだエピソードや功績は山ほどあります。そのひとつひとつを、野口英世記念館では詳しく、しかも分かりやすく教えてくれているんです。

 

ロボット英世がおもてなし!楽しく学べる仕掛けがいっぱい

猪苗代駅からバスで約10分。野口英世記念館は、北には磐梯山、南には猪苗代湖がのぞめる福島県猪苗代町にあります。1939年に開館して以来、たくさんの人が訪れています。
到着してまず目に入るのが、屋根におおわれた平屋の建物。英世の生家がそのまま保存されているんです。1歳半のとき落ちて火傷を負った囲炉裏や、上京のときに決意を掘りこんだ床柱も当時のまま保存され、見ることができます。
館内に入ると、英世の生涯と業績が貴重な写真や手紙、資料を用いて分かりやすく展示されています。時代ごとに細かく展示分けがされており、実際に使った実験ノートや顕微鏡などの実物も見ることができます。
さらに目玉は「博士の研究室」という展示。この研究室には、なんと野口英世本人とみまごうほど、リアルなロボット野口英世が出迎えてくれます。彼は身ぶり手振りを交えながらエピソードを語ってくれるのです。来館者を激励するメッセージを聞くことも。
そして体験ゾーンでは英世が挑んだ細菌の世界を、ゲームやクイズで遊びながら楽しく学ぶことができます。こどもはもちろん、大人の楽しめる展示です。
およそ1時間弱で回れる展示ですが、学びはたっぷりです。

 

名称  :野口英世記念館
住所  :福島県耶麻郡猪苗代町大字三ツ和字前田81
開館時間:4月~10月 9:00~17:30
11月~3月 9:00~16:30
定休日 :年中無休(ただし12/29~1/3を除く)

 

まとめ 「野口英世記念館」の歴史、文化的な価値、魅力とは?

福島を代表する偉人である野口英世。何度もノーベル賞候補になり、お札の肖像にもなりました。その功績を詳しく知ることができ、楽しく学べる野口英世記念館。ぜひ猪苗代湖観光に行く際は立ち寄ってみてください。

 

「野口英世記念館」の歴史、文化的な価値、魅力

・福島が誇る偉人である野口英世を様々な貴重な資料を交え楽しく知ることができる。
・猪苗代湖湖畔にあり、観光にもいきやすく、気軽に立ち寄ることができる。

ふかしま。
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ふかしま。編集部
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