歴女向け! 阿武隈高地で登山&歴史散策はいかが?

2021.01.26
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全国で3番目に広い福島県には7つの日本百名山をはじめ、バラエティー豊かな山々が揃っています。今回はそんな福島の山の中でも人気の高く、宮城県南部から茨城県北部にかけて広がっている「阿武隈高地(阿武隈山地)」についてご紹介します。もちろん、各山にちなんだ歴史についてもご紹介します。

 

宮城県から茨城県まで南北におよそ170kmにわたって連なる山地

「阿武隈高地(阿武隈山地)」は宮城県南部の阿武隈川右岸山地(亘理町と岩沼市の境)を北端に、茨城県北部の久慈川左岸山地(日立市と東海村の境)を南端として南北170km以上にわたって連なる山地を言います。その大部分は福島県に属しており、おおむね阿武隈川を中心とする盆地である中通り地方と、太平洋沿岸部である浜通り地方との境界線となっています。また、阿武隈川・久慈川・太平洋に囲まれた紡錘形をした比較的なだらかな山地であることも特徴です。

では「阿武隈高地(阿武隈山地)」にはどんな山があるのか。いくつか代表的な山をご紹介していきましょう。

 

「阿武隈高地(阿武隈山地)」に属す主な山

大滝根山 標高:1,193m
日山 標高:1,057m
霊山 標高: 825m
宇津峰山 標高: 676m
木幡山 標高: 666m

 

山そのものが城として機能した宇津峰山

大滝根山

大正時代まで女人禁制だった歴史ある霊峰で、日本三百名山のひとつ。この地域には鬼にまつわる伝説が多く残り、大多鬼根山とも書きます。

 

日山

もともとは桧山あるいは天王山と称していましたが慶安2年(1649年)の大洪水の際に二本松藩主・丹羽光重が山頂の神社で日祭の大祈祷をして以来、日山と呼ぶようになったといわれています。

山頂にある日山神社には、麓の田沢、茂原、葛尾の3地区の社がそれぞれの地区の方向を向いて建っており、毎年10月には三匹獅子舞が奉納されてます

「桧山」の由来
二本松藩主が日祭りの大祈祷をして「日山」となる以前、なぜ「桧山」と名付けられたのか。これは八幡太郎の別名で全国の八幡神社に祀られる源義家が東征祈願してこの山に桧を千本奉納したことから。そこから「桧山」と呼ばれるようになりました

 

霊山

貞観元年(859年)に慈覚大師円仁によって開山され、山の名も釈迦が修行したインドの霊鷲山にちなんで円仁によって名付けられたものと伝えられています。また、円仁が霊山寺を創建したことで東北山岳仏教の聖地となりました。なおこの円仁ですが、空海や最澄とともに入唐八家(最澄・空海・常暁・円行・円仁・恵運・円珍・宗叡)の一人とされています。

また、南北朝時代には北畠顕家の拠点であり、1337年に顕家が西国に出陣した後、1347年に霊山城が落城したことで歴史の表舞台から姿を消しました。

 

宇津峰山

宇津峰山そのものが14世紀の南北朝時代の城跡遺構でもあり、「宇津峰」として国の史跡に指定されています。東北地方における南朝側の拠点で、山頂には今も土塁の跡が残っています。

 

木幡山

古くから神霊の籠る山として「御山」と称された信仰の対象となっている山。伝承によると、神護景雲3年(769年)に安積(阿尺)国造の丈部継足(はせつかべのつぐたり)が山中に隠津島神社を勧請。大同年中(9世紀初頭)には山中に天台系修験寺院の治陸寺が開創されたといい、以後は隠津島神社は弁才天を祀る弁才天宮と称されて神仏習合の霊地とされています。

隠津島神社末社門神社の傍らにそびえる樹高27メートルの木幡の大スギは国の天然記念物にしていされています。

 

まとめ 「阿武隈高地」の歴史、文化的な価値、魅力とは?

いかがでしたでしょうか。全国から山登り好きがあつまる「阿武隈高地」ですが、今回は歴女ならではの楽しみ方ができるおすすめの山をご紹介しました。「阿武隈高地」は基本的に低山が多く、歴史の散策がてらちょっとした運動もできて一石二鳥。ただし、天候が悪い日や体調が優れない日は山に登るの避けてくださいね。

ふかしま。
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