生き血と肝をすすり、人肉を喰らう鬼婆の墓「黒塚」にまつわる伝説とは

2021.01.25
歴史 #二本松市#史跡#奥州安達原#安達ヶ原#鬼婆#黒塚

黒塚とは安達ヶ原に棲み、人を喰らっていたという安達ヶ原の鬼婆を葬った塚の名称。日本の伝統芸能である能の「黒塚」や長唄・歌舞伎舞踊の「安達ヶ原」、歌舞伎・浄瑠璃の「奥州安達原」もこの黒塚の鬼婆伝説に基づくと言われています。ここまで広められた安達ヶ原の鬼婆の伝説とはどんなものなのか探ってみたいと思います。

 

仕えていた姫様の重い病気を治すためには妊婦の生き肝が必要だった

安達ヶ原の鬼婆の伝説とはいったいどんな話なのでしょうか。概略をまずはお伝えしたいと思います。まずは鬼婆が人間から鬼婆に変じた物語です。

昔、京都の公卿屋敷に岩手という名の乳母がいて、姫を手塩にかけて育てていました。

その姫が重い病気にかかったので易者にきいてみると「妊婦の生き肝をのませれば治る」ということでした。そこで岩手は生き肝を求めて旅に出て、安達ケ原の岩屋まで足をのばしました。

晩秋の夕暮れ時、岩手が住まいにしていた岩屋に、生駒之助・恋衣と名のる旅の若夫婦が宿を求めてきました。その夜ふけ、恋衣が急に産気づき、生駒之助は産婆を探しに外に走りました。 この時とばかりに岩手は出刃包丁をふるい、苦しむ恋衣の腹を割き生き肝を取りましたが、恋衣は苦しい息の下から「幼い時京都で別れた母を探して旅をしてきたのに、とうとう会えなかった・・・」と語り息をひきとりました。ふとみると、恋衣はお守り袋を携えていました。それは見覚えのあるお守り袋でした。なんと、恋衣は昔別れた岩手の娘だったのです。気付いた岩手はあまりの驚きに気が狂い鬼と化しました。

以来、宿を求めた旅人を殺し、生き血を吸い、いつとはなしに「安達ケ原の鬼婆」として広く知れわたりました。

また、黒塚の近隣にある観世寺の発行による『奥州安達ヶ原黒塚縁起』には鬼婆に変じた後のことについてこう書かれています。

神亀丙寅の年(726年)の頃。紀州の僧・東光坊祐慶(とうこうぼう ゆうけい)が安達ヶ原を旅している途中に日が暮れ、一軒の岩屋に宿を求めた。岩屋には一人の老婆が住んでいた。祐慶を親切そうに招き入れた老婆は、薪が足りなくなったのでこれから取りに行くと言い、奥の部屋を絶対に見てはいけないと祐慶に言いつけて岩屋から出て行った。しかし、祐慶が好奇心から戸を開けて奥の部屋をのぞくと、そこには人間の白骨死体が山のように積み上げられていた。驚愕した祐慶は、安達ヶ原で旅人を殺して血肉を貪り食うという鬼婆の噂を思い出し、あの老婆こそが件の鬼婆だと感付き、岩屋から逃げ出した。

しばらくして岩屋に戻って来た老婆は、祐慶の逃走に気付くと、恐ろしい鬼婆の姿となって猛烈な速さで追いかけて来た。祐慶のすぐ後ろまで迫る鬼婆。絶体絶命の中、祐慶は旅の荷物の中から如意輪観世音菩薩の像を取り出して必死に経を唱えた。すると菩薩像が空へ舞い上がり、光明を放ちつつ破魔の白真弓に金剛の矢をつがえて射ち、鬼婆を仕留めた。

鬼婆は命を失ったものの、観音像の導きにより成仏した。祐慶は阿武隈川のほとりに塚を造って鬼婆を葬り、その地は「黒塚」と呼ばれるようになった。鬼婆を得脱に導いた観音像は「白真弓観音(白檀観音とも)」と呼ばれ、後に厚い信仰を受けたという

この伝説が事実かどうかはさておき、黒塚の近くにある観世寺は実在する祐慶が観音像を祀るために建立した寺であるとされていますが、境内には鬼婆像の他、鬼婆の墓や、鬼婆の住んでいた岩屋、血で染まった包丁を洗ったという池など黒塚伝説にまつわる物が多く残されています。

また寺にある如意輪観世音菩薩の胎内には、祐慶が鬼婆退治に用いたとされる如意輪観世音菩薩が埋め込まれており、60年ごとに開帳されています。

 

観世寺
住所:福島県二本松市安達ヶ原4-126
料金:大人400円 子供200円

 

埼玉県や岩手県など他県にも広がる鬼婆の伝承

実はこの鬼婆の伝承は他のエリアでも同様のものが伝わっています。

その一つが埼玉県さいたま市にも「黒塚の鬼婆」。江戸時代の武蔵国(現在の東京都、埼玉県、神奈川県あたり)の地誌「新編武蔵風土記稿」には、祐慶が武蔵国にある足立ヶ原(あだちがはら)で黒塚の悪鬼を呪伏して東光坊と号したとあり、東光寺(さいたま市)の撞鐘の銘文にも、かつて安達郡にあった黒塚という古墳で、人々を悩ませていた妖怪を祐慶が法力で伏したとされています。

そのほか、岩手県盛岡市南方の厨川にも安達ヶ原の鬼婆伝説があり、ここでは鬼婆の正体は平安中期の武将・安倍貞任の娘とされています。また、奈良県の宇陀地方、東京都台東区の「浅茅ヶ原の鬼婆」もこれらと同系統の伝説で、安政年間の土佐国(現・高知県)の妖怪絵巻「土佐お化け草紙」にも、「鬼女」と題して「安達が原のばヽ これ也」とあるようです。

 

まとめ 「二本松市の黒塚」の歴史、文化的な価値、魅力とは?

歴史に詳しい方であればご承知の通り、日本といわず世界各国に”若い女性”の”血をすする”に類似した物語は数多く存在しています。鬼婆の伝承がはたして福島の話なのかそれ以外なのかは、ぜひ、現地を訪れてその目で確かめていただければと思います。

 

まとめ

・能の「黒塚」や長唄・歌舞伎舞踊の「安達ヶ原」、歌舞伎・浄瑠璃の「奥州安達原」としても伝承される物語に出てくる鬼婆の墓である

ふかしま。
レビューの平均:  
 0 レビュー

レビュー投稿
1
2
3
4
5
送信
     
キャンセル


レビュー投稿

ふかしま。編集部
ふかしま。編集部